いつかフォアグラが食べたい

しろたん好き。常になにかに追われるもの。

空想の中に生きる

こんばんは。

面接が終わって、2.3日って落ち着かないですよね。電話こないかなぁって。

土日挟むからなぁ。

 

 

突然ですが、私は「魅入られる」という言葉が好きです。

魅了される、釘付けになる、取り憑かれる、似たような言葉の中でもいちばんしっくりくるものがあります。

 

私は魅入られるという言葉の中には、抜け出せない、依存的な意味が大きくあると考えています。

 

なにかに魅入られたものはありますか?

 

 

私は高校時代、常に逃げ道に「死」がありました。

様々なことに絶望していた私にとって「死」はなによりも私自信を救ってくれる絶対的なものでした。

そういった意味では私は死に魅入られていました。

 

ギリシア神話では死はタナトスという神様です。

死という概念が神となっているのに対し、生の神とはなにか?

 

幸運、時間、季節をつかさどる神はいるのに、明確な生の象徴とするのは果たしてどの神なのか?

性の神、エロスか?

愛の神、アフロディーテか?

大地の神、ガイアか?

 

明確な生とはいったいなんなのか。

 

 

私自身はエロスよりも先にタナトスに魅入られました。

心にタナトスが住み着いた私は、大人になってからエロスが魅了してきても、大きくなびくことはありませんでした。

 

タナトスが心に住み着いた私は、

タナトスに魅入られた私は

生きるという境界線上よりもさらに向こう側に立ち、そこで呼吸をし、食事をし、その矛盾に苦しむ。

 

「死」は私を絶対的に救ってくれる。

 

 

そう信じていました。

 

 

 

死こそが私にとって唯一約束された心の許せる逃げ道でした。

 

 

私は現在も思います。

どうして当時は死にたかったのだろう。

どうして「死」を絶対的に頼っていたのだろう。

 

私の心にはタナトスは今はいません。

 

しかし、私はエロスに触れ、生と死の臨在をやっと生身で受け取ることが出来ましたが、

心の中にはタナトスの場所しか用意されていないのです。

 

 

なぜなら先に魅了してきたのはタナトスなのだから。

 

またタナトスに魅了されたいとたまに考えます。

 

なぜならタナトスは絶対的に私を救ってくれるから。

 

 

 

 

 

 

そして私は辛い時にふと考えます。

 

 

 

「ああ、私のタナトスはいまどこにいるのだろう」