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いつかフォアグラが食べたい

ブログ初心者の大学四年生です。しろたん好き。常になにかに追われるもの。

私はなぜか高いところから飛び降りた

こんにちは。

突然ですが、「孤独を愛する」という表現って、とても多く使われますね。

 

孤独っていったいなんなんでしょうか

 

孤独を感じることって、皆さんはどんな時に感じるんでしょうか。

孤独って、すごく主観的なものですよね。

一人でいることが好きな人は孤独とは言いませんよね。

孤独は、どこにいても、誰といても、何人でいても、孤独だと思ったらそれは孤独になり得ますね。

 

私が孤独を感じるときは、自分が誰にも頼れない状況になったときです。

 

そのときは、なぜかとんでもなく不安で不安で、

ビルから飛び降りて地面に打ち付けられた時のような、

電車が迫るホームから飛び降りたくなるような、

とんでもない衝撃を体に受けて、一気に弾けたくなるような衝動に駆られます。(ちなみに自殺願望はありません!)

 

どうしてこんな衝動に駆られてしまうのだろうと考えてました。

そしてそんな時は、いつも思い出す出来事があります。

 

思い出すのは私が子供の頃。幼稚園の時くらい。

 

私は高さ3mくらいの塀の上から飛び降りたことがあります。腰を強く打ち付け、なかなかの重傷を負ったのを覚えています。

 

私は両親が共働きで日中は不在だったのと、庭がかなーーり広かったので(日本庭園のような庭でした)一人で外で遊ぶことが多かったです。

 

私は庭にお気に入りの場所があって、そこは石垣で出来た塀の上。

私の家は長い坂の上にあったので、すこし坂を下った近所の家との境に、石垣の塀がありました。

その塀の上に座るのがなぜだか好きでした。

地面までは約3mくらいだったでしょうか。

私はいつもその塀に座って、嫌なことがあったり、悲しいことがあるたびにそこに行きました。

 

理由は忘れてしまったけど、ある日私は怪我をすることを分かっていたのに、その塀から飛び降りてみたくなりました。

どうしてそのようなことがしたくなったのかは思い出せません。

そこに至るまでになにがあったかは覚えていません。

「絶対怪我をするだろうな、痛いだろうな」と分かっていたのに。

塀から飛び降り、腰を打ちつけた私は、翌日高熱を出して寝込んだのを覚えています。

塀の下に生えていた菖蒲の花も覚えています。その茂みに仰向けに落ちて、意外に痛くなかったと思いながら空をしばらく眺めたのも覚えています。

 

 

 

私は、「孤独だ」と思うとなぜかあの時のことを思い出します。

あの、地面に打ち付けられる瞬間を、なぜか思い出します。

私があの塀から飛び降りた時、幼い私は「孤独」と似た感情を持って飛び降りたのでしょうか。

どんな気持ちで飛び降りたのかは思い出せませんが、私はいつも、あの時のことを思い出します。

 

 

こういうのって私だけでしょうか?

 

他の人は、「孤独」と思うとき、どんなことを思って、どんなことを思い出すのかなぁ、と思った1日でした。

 

一人は愛せるけど、孤独を愛することは、私は出来ないなぁ!